雨。大雨だ。部屋は暗いし、空は苦手な灰色で、なんだろなぁ〜、、、と、むくっと起き上がる。すると、ふと、思い立った朝食についてを。「あそこのベーグル食べたいなぁ〜。どうしても食べたいなぁ〜。」
はて。こんな雨の日も、どこかの誰かが自分のお店のベーグルを食べに来ることを想定して、お店を開けておいてくれるものなのだろうか?とは、思ったものの。思い立ったが吉日。私はすぐに支度を済ませて、化粧もせず、眉も描かずに、少しむくんだ顔のまま、短パンTシャツ姿で、朝から元気に、外へ出ることにした。
玄関のドアを開けると、当たり前のように、いや、予想以上に強い勢いで、私にバタバタと雨を打ち付けてくる。誰がこんなに、強い力を持って仕掛けてくるんだかね、、、。(そりゃ、大自然のお力である。)
大自然様には、勝てない。勝てないことを分かりながらも、びしゃびしゃになる事を覚悟の上で、立ち向かうようにして外出したのである。
なんとなく久々の台風に、心踊っていることに気づいていた私は、誰も居ない静かな大雨の街を歩きながら「ひょえー!ひゃー!」と声を出して笑っていたりした。(いかれているご様子、笑)
雨音しか聴こえない街並は、スリルがあってなんとも言えないものがあり、私の冒険心を掻き立てる。
目指すベーグル屋さんは、私の期待を小さく裏切り、やっぱりやっていなかった。
「そりゃそうだよね。それでも、美味しい珈琲だけでもいいから、飲みたいなぁ、、、。」どこかやっているお店は、ないものか、と、歩いて数歩のところに佇むカフェが、明かりを灯しているのが見つかった。「お。やってますねぇ。(ニヤニヤ)」
テラスの屋根の下に入り、傘を閉じ、中を覗くとやっぱり、こんな天気じゃ、だぁれも居ない。店主(おそらく50〜60代の男性)は、背を向けてランチの準備をしている感じだった。私も、カフェで働いていたことがある。だから分かるけど、こういう大雨の日の午前中に、現れるお客さんは、奇跡に近い。半分諦めながら仕事をするのが、この仕事が続くコツなのだ。私は、ドアノブに手を掛けながら、ふと、思った。「こんな天気のこんな時間に、私がお店に入ったら、きっと驚くに違いないぞ。(ニヤニヤ)」
カランカラ〜ン。
お店のドアベルが鳴り、ベルは、私が入店したことを店主に報せる。店主がそれに気づき、背を向けていた状態から、私の方に振り返り、顔を見合わせると、店主は、まるで天使を見るかのような、驚いた丸い目をして、私を見ていた。いや、それは、良いように捉えすぎたかもしれない。。もしかすると、「ハハハ!」と笑っていた私を見て、「初めて会う客が笑いながら入ってきたぞ、何なんだコイツ。」という、驚いた丸い目だったのかもしれない。
兎にも角にも、店主は、予想通り驚いていたことには、間違いない。それが、私は、嬉しかったのである。私が、この悪天候に勝った瞬間のように思えたから。
(行動することで、出会いがある。特に、静かな時の中をくぐると、こういう事が待ち受けていることが多い。)
店主の第一声は、やはりこうだった。
「いやぁ〜、すごい雨ですね。」
私は、既にテンションが上がっているので、バリアも無く、とても人懐こい気分だ。
私「はぃ〜!でも、すごい雨が降っていたから、ご近所だし、あえて外に出てきてみたんです!ハハハ!」
店主「あはは。それはそれは、でも近所だからって、これは本当にすごい雨ですよ。なかなか出てくる人は、いないでしょう笑」
私「うん、そうですねぇ!でも、せっかくのお休みだから、雨も楽しみたかったんです。靴もぐちょぐちょです、笑」「アーモンドバタートーストとドリンクのモーニングセットで、カフェオレ。お願いします。」
店主「大丈夫ですかぁ?(濡れてる)はい、少々お待ちくださいねぇ。」
あぁ、なんだかウキウキしている。不思議な気分だった。私と、店主。バタートーストが出来上がり、素晴らしい香りを漂わせた朝食と、温かいカフェオレ。外は、既に、雨が優しくなっていた。
私「雨がもう、弱まりました笑」
店主「ああ本当だ、さっきとは雲泥の差」
店主「西荻窪は、ご出身ですか?」
私「いえ、昔住んでて、転々としてから、やっと最近戻って来たんです。西荻窪が、私は好きなんです。でも、このお店は、気になっていたけど、今日が初めてです。」
もう少し後に外出すれば、天気は良くなっていたけど。その時間だと、私が、こうしてここに来ることは、おそらくなかっただろうな。と、思っていたら、店主も同じような事を感じたらしく。
店主「台風の仕業ですね」
と、一言付け加えた。
そこから、2人で、オリンピックについて(私の家には、テレビが無いから、話にはついていけなかったけど、ボキャブラリーがないなりに無理せずお話できた)
や、西荻窪の楽しさや、外国人(北欧)の方が良く来てくれるというお話などを聞いて、部屋にいるより数百倍、温かくて、優しい時間を過ごすことが出来た。
素敵を独り占めしてしまった。
最後のカフェオレを飲み終えて、スッと席を立ち、モーニングセットの550円を支払う。そして、店主は「またお願いします」と言う。私は「はい。」と言って、去り際に店主の名前を聞いてきた。
「名前? 石川です。」
言われてみれば、石川さんは石川さんらしい顔つきをしてらっしゃるような気がした。流石、石川さんとして、長い間、生きてきた顔だ。と、脳内で納得した。
「安らぎました。また来ますね。」
そう言って、私は店を出た。名前を聞いたら、いつも忘れないように、そのお名前を声に出して繰り返す癖がある。
ポタポタと降る雨の中、何度か「石川さん、石川さん」と私は、唱えて、
また家に帰った。
- 雨 -